石動山

石動山(2015.11.18)

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石動山山頂(石動山大御前)

金沢に行ったので、山に登ろうと思ったのだが、生憎の天気。本格的な登山はやめ、簡単に登れる石動山に登ることにした。石動山は能登半島の中央部にあり、山岳信仰のメッカだったところ。それほどの知識もなく行ってみたら、素晴らしい史跡が広範囲に広がっていたので、少々驚いた。史跡としての整備が進んでおり、ちょっとした観光地だった。

>>今回歩いたルート


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史跡 石動山の石碑
ドイツ製のナビ通りのルートを辿ったら、グネグネ道を走ることに。舗装されてはいたが、途中かなり道が細くなったところがあり、下は崖。ハンドル操作を誤ったら、まっさかさまに落ちるのではないかと思われた。後で聞いたら、「あんな道、地元の人でも通らん」と言われショックを受ける。他に立派な道が出来ていたのだった。ドイツ製ナビの所為で、命を落すところだった(ちょっとオーバーか)が何とか石動山に行き着いた。別に新しい広い道があるので、くれぐれもこの道に入らないように。


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石動山資料館
かなり山深いところに、突然建物が現れた。途中、民家も何軒かあった。民家に人気はない。この辺は雪が2mも積もるそうで、冬場は下に降りてしまい、誰も居なくなるそうだ。上記写真は立派な石動山資料館。脇には立派な駐車場もあった。生憎の雨模様なので、今日は誰も歩いていなかったが、ちょっとした観光地だ。資料館には人が居り、石動山へのルートや見どころを聞く。


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大宮坊山門
石動山一帯は真言密教の霊場で最盛期には360の坊舎が立ち並んでいたそうだ。それらを支配していたのがこの大宮坊で、最も高い格式と権威を有していたそうだ。建物は平成14年に新しく復元されたものだ。


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大宮坊
門から入ったところに建物があり、明かりがついていたので入ってみたら、説明をする人まで常駐していた。発掘調査により建物が復元されたそうだ。帰りに、ここで昼食を摂らせてもらった。


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伊須流岐比古神社拝殿
大宮坊のすぐ横に伊須流岐比古(いするぎひこ)神社拝殿があった。神仏習合の思想により、神と仏が一緒に祀られていた。明治の神仏分離により、寺領は没収され、山中の寺堂も廃されて、神社だけが残った。規模は小さいが勝山市の白山神社平泉寺と同じ命運を辿っている。規模が小さいといっても、石動山は天皇家や加賀前田藩の庇護があり、また北國七ヶ国で権勢を振るい、「泣く子も黙る石動山衆徒」と怖れられていたそうだ。しかし、その七ヶ国(加賀、能登、越中、佐渡、飛騨、信濃、越後)のなかに我越前は入って居らず、石動山がそれほど権勢を誇っていたとの言い伝えは聞こえてきていない。


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遊歩道の様子
伊須流岐比古神社から行者堂に廻り、石動山に登ることにした。遊歩道は良く整備されている。


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登山道(参道)
登山道には登りになると、ずっと石段が続いていた。


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石動山山頂(石動山大御前)
30分ほどで石動山山頂(565m)に着いた。ここは石動山大御前と呼ばれ、元は本社があったようだ。


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ブナ林
また石動山一帯には能登半島に唯一残るブナの原生林がある。


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石動山城跡
山頂から石動山城跡に廻る。戦国時代には上杉謙信勢がここを拠点に戦ったそうである。


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展望台
資料館でもらったパンフレットの地図に展望台と書かれてあったので、尾根伝いに展望台に廻る。ここには立派な展望台があり、ここから見える日本海や立山連峰のパノラマ写真があったが、この日は霧が濃く、全く視界は利かなかった。


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御廟山
資料館に戻ってくる途中に古い五輪塔があったので、行ってみる。


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開山智徳上人供養塔
この五輪塔は石動山を開いたと言われている、智徳上人のものだ。ただ、開山には諸説あり、白山を開いた泰澄が開いたとの説もあるようだ。


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加賀藩歴代藩主の墓所
石動山は江戸時代には加賀藩の庇護も受けており、歴代藩主の墓所もあったが、余りにも墓石が小さいので調べてみたら、前田家の菩提寺は他にあるようだ。


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遊歩道(参道)
資料館に戻ってくる参道の雰囲気が良いので、写真に撮った。この石垣は昔のものなのだろうか。この日は雨で体が冷えたので、2時間ほど歩いて切り上げたが、もっともっと見るところや歩けるところがあったようだ。天気が恨めしい。


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永光寺山門
帰り道、国道159号線を走っていたら、永光寺という看板が目に入ったので行ってみると立派な寺院があった。


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永光寺本堂
永光寺は、二代峨山禅師が輪島市門前町の總持寺と羽咋市酒井町にある永光寺の住職を兼ねていた時に、両寺を毎日往復したことで有名。その道は峨山道と呼ばれ、13里(約52km)の険しい道が残っている。



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.18 2015 山歩き comment0 trackback0

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