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小松の古道を歩く

小松の古道を歩く(2017.12.04)

小松市の東には100mに満たない低山が連なる丘陵地帯がある。国道8号線を走る度、この丘陵地帯が気になっていた。この丘陵は加賀平野と大杉谷の間におよそ3㎞の幅で広がっており、大杉谷の人々が加賀平野に出る時にはそこを越えなければならなかった。そのような道が昔は多数存在していた。今回それらの峠道をいくつか歩いてみた。

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長峯古道にあった敷石
まずは長峯古道を歩く、この4㎞にわたる古道は今はほとんどが市道木場波佐谷線となっており、古道跡はほどんど消えていたが、400mほどは昔ながらの道跡がはっきり残っていた。その一部には江戸後期の道路改修の時に置かれたという敷石が残っており、昔の姿を偲ぶことができた。

>>今回歩いたルート
>>詳細記録(U字倶楽部)へ


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国道8号線木場インター
今日の古道歩きは国道8号線の木場インターから。とは言っても長峯古道はそのほどんどが市道木場波佐谷線となっており、車での移動となった。市道も何度か改修されているようで、インター周辺の原っぱには昔の道跡と思われるアスファルト舗装が残っていた。

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地蔵公園(一口生水)
古道の痕跡が残っていないか注意深く見ながら車を走らせると、地蔵公園と書かれた小さな公園が現れた。

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霊水一口生水
そこにあった東屋の中にお地蔵さんが祀られていた。

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一口生水の碑
一口生水(ひとくちしょうず)の謂れが書かれた碑があり、昔は木場と大杉谷郷の波佐谷を結ぶ古い道がここを通っており、ここを通る人々はこの湧水でのどを潤したと書かれてあった。今は広い舗装道となっているが古道がここを通っていたのは間違いないようだ。

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ゴルフ場の陸橋
地蔵公園からしばらく行くと、ゴルフ場の陸橋が見えてきた。この道路の両側は今はゴルフ場となっており、ここにあるのはコースをつなぐ連絡橋だ。

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長峯古道の最高地点
この道の一番標高が高い場所にやってきた。最高所と言っても標高70mほど。この北側に廃道が残されていた。

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改修前の道路が顔を出す
廃道は100mほど、道路をまっすぐにするのに伴い、取り残された廃道だ。

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廃線
廃道は落葉や枝が積もっていたが、下を見てみると舗装してあった。道幅も広く、改修前はこの道跡が市道だったようだ。その北斜面に切れ込みがあったので、そこを登ってみる。

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これが長峯古道??
するとまた道跡が現れた。この道は舗装されていなかったから、歩く時代の長峯古道跡なのかもしれない。

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長峯古道の案内板(古道入口)
そこから少し行くと、長峯古道の案内板があった。その時は解らなかったが、ここを右折すれば、長峯古道があったのだった。ここからは眺望がよく、天気が良ければ白山が望めたはずだ。ここから市道は下り坂となった。長峯古道は今の市道ルート沿いにあったと思い込んでいたので、そのまま車道を進んで、平地まで降りてみたが、古道跡が見当たらない。それで、もう一か所目をつけておいた場所に向かう。市道より少し南に行ったところにある場所だ。地図を見ると、そこに破線の道が描かれているので、そこに向かう。

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長峯古道入口
そこに行くと、狙い通り、長峯古道の案内板があった。

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長峯古道の案内板
案内板を読むと、昔は大杉谷の人が薪、木炭、木材などを人馬の背に載せ運んだ道だったが、ぬかるんだところが多く、通行に支障をきたしたため、江戸後期に切り石を数百枚敷き詰め、歩きやすくしたとのことだ。その敷石が今も残っているというので、勇んで入って行った。

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長峯古道
最初はよく整備された道で、ぬかるんではいなかった。道幅も一間ほどはある。

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ぬかるんだ長峯古道
しかし、少し進んでみるとぬかるんで道か小川か解らないところが出てきた。小川を渡渉するようなところもあった。しかし、定期的に手が入るようで、笹が刈ってあるところがあった。
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工場が見えてくる
杉林の中の道を進んで行くと、前が明るくなり、工場のような建物が現れた。この辺りでは元の道跡と思われる場所が藪となっており、歩けないので、一段上を歩いた。

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水たまりとなった古道跡
谷筋に道があったと思われるが、そこは水たまりとなっており、今は歩けそうにない。ここからは緩い上り坂となっており、また古道跡が現れたので、そこを上がっていく。

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石が敷かれた道跡
すると、すぐに道の真ん中に敷石が並んでいるのを発見した。敷石は50mほど並んでいた。案内板には長さ三尺、幅一尺八寸となっていた。長さは1mほどだから、そんなものだろうが幅はそれほどないように見えた。敷石を発見したのはここだけだったが、数百枚並べられたというから、今は水たまりとなっている古道下にその敷石が眠っているのかもしれない。

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ソーラーパネル
敷石があった場所からすぐに原っぱのようなところに出た。その前には太陽光発電施設があった。ソーラーパネルの横をまっすぐ進んで行けば市道の案内板があったところに出る。

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長峯古道入口の標識
古道から出てきたところには長峯と書かれた小さな標識があった。来た道を戻り、今度は車で山ん街道に向かう。

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石峠
山ん街道(山街道)は大杉谷と蓮代寺を結んでいた峠道。国道416号が開通する前はかなり使われていたそうだ。舗装されていないが今も車で走れる道だ。大杉谷側からこの道に入ると、すぐに石峠が現れた。道の両側が崖になっており、掘削される前はもっと険しい峠だったと思われる。

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土峠
石峠から古い工場跡地のような広い空き地に出る。そこは三差路となっており、右に進んで行くと土峠が現れた。ここも元の峠よりだいぶ削られており、道の両側が崖のようになっている。

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宝達権左の石地蔵
峠のすぐ先に宝達権左の石地蔵があり、謂れが書かれてあった。それによると、土峠があるため蓮代寺寺側に水が流れないので、水不足に悩んでいた農民たちは鉱山がある宝達村から鉱夫を呼び、地下水路を掘ってもらい、水が蓮代寺側に流れるようになった。農民たちはその時の工事で亡くなった宝達村の権左を弔うために石地蔵を祀ったそうである。但し、ここにあるのは平成20年に再建されたものだそうだ。この後、蓮代寺町に出て、町内を通り、東山町に向かう。

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勘定峠
東山町内の道を通って、再度山に入っていくと、左に折れる道があったので、そこを入っていく。最初は舗装された林道だったが、勘定峠の少し手前で砂利道となった。勘定峠手前で車から降り、散策していると。道の先のほうに何やら大きな動物が2頭いる。体長は1mを超している。200mほど先だ。最初熊かと思ったが、牙が見えたのでイノシシのようだ。イノシシは私のほうを向き、睨んだ。これはまずいと思ったが、数秒睨んで退散してくれたので事なきを得た。この辺は人里に近く、豊富な餌があると見えて丸々と太っていた。

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勘定峠のお地蔵さんがあった場所
勘定峠の名前の由来は東山町が昔は勘定村と呼ばれていたことによるようだ。このすぐ近くを走る国道416号が開通するまでは、この峠道が頻繁に使われていたという。なお、ここにあったお地蔵さんは今は江指村の神社に祀られているそうだ。

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中島橋
勘定峠を降りていくと、なかじま橋と書かれた小さな橋に出た。危険と書かれてあったので、この橋は渡らず、左折し川沿いの道を進む。地図をみると勘定峠の500mほど東にトンネルが描かれている。ネットで調べてもそれについて書かれたものがなかったので、それを見るのがこの日の最後の課題だ。

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トンネル分岐
そのトンネルに入っていく道はすぐに見つかった。普通の林道だ。車でも入って行けそうだったが、今日はあまり歩いていないので、歩いてみることに。途中、鉄塔巡視路入口があり、そこまでは草がなかったが、そこから先は少々草っぽく荒れていた。

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林道終点
10分ほど進むと林道終点が現れた。終点はかなり広い空き地となっていたがどこを見渡してもトンネルらしきものはない。少し山に入って、その辺を散策してみたがそれらしきものは見当たらない。察するに、地図に描かれたトンネルは昔の手掘りの隧道で、入口は埋められてしまい、解らないのではないかと思われる。

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埋められたトンネル跡??
山の斜面に不自然に垂直なったところがあったが、これが隧道口跡ではないかと推測したが、確信は持てない。古い航空写真を見ると、このトンネルの先に鉱山のようなものが見えるから、それと関係があるのかもしれない。

これでこの日の探索は終了。しかし、この丘陵地帯は人里に近いこともあり、見るべきものが多そうだし、他にも山越え道が多数存在していそうだ。そのうち気が向いたらまた歩いてみよう。

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.04 2017 古道歩き comment2 trackback0

comment

せともの
小松出身です、小松の道はすべて自転車で通ったと不遜にも思っていましたが、2万5千分の1 地形図のこのトンネルはここ10年以上行きそびれていました、跡形もないのは信じがたいです、さらに東3kmにも同様のトンネルがありますね、これも未知です
トンネル話題です、尾小屋鉱山と阿手の間に旧5万分図1955頃にトンネルがあり、その痕跡でもと、10年ほど前探しましたが、全くわかりませんでした、ただ阿手であった老婆に聞いた話では「 昔尾小屋で買い物のためよく使った、今もあるはずだ 」と言ってた、鉱山用だろうが生活用にも使われていた
勘定峠は、父から聞いて知っていました、私にとって自転車乗りの原点に帰れる峠です、50年ほど変わらずにあります
2017.12.08 15:30
ジーアイシュー
せとものさんは小松産でしたか。
勘定峠の東500mのトンネル、私が見る限り、まったく痕跡がなかったです。このトンネルがメインではなかったので、それほど時間をかけて探索したわけではありませんが、近くを走っている送電線の位置などから、位置的には間違いなかったと思っています。
福井でも清水谷隧道などいくつか手掘りのトンネルを見てきましたが、数は少ないです。それらはもう土に埋もれて、その痕跡を見つけるのも難しいか、新しいトンネルとして生き残っているかです。それに比べて小松辺りにはそのようなトンネルがたくさんあるようですね。小松は峠や古道や隧道の宝庫のようですから、気が向いたらまた歩こうかと思ってますので、その節はまたご教授頂ければと思っております。
2017.12.08 21:08

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福井県内を中心とした山・峠・古道歩きをやっています。姉妹サイトU字倶楽部の速報版的サイトです。また、同サイトで扱わなかったちょっとした山歩き、ピークハントに失敗した山行き記録などを載せて行くつもりです。

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