黒谷峠から黒谷城址へ

黒谷峠から黒谷城址へ(2013.1.8)

年末から元日に掛けて暇を見つけては山歩きをやっていたので、この正月は体調がよかったが、ここにきて少しお腹の周りが気になりだした。運動不足解消に山に出かけることにした。

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黒谷橋
今日は気楽な山歩きを堪能したいということで、先日快適な尾根歩きが体験できた黒谷峠辺りを歩くことに決定。山中温泉に向かう。白鷺大橋に至る道を見送り、まっすぐ温泉街に入って行く。温泉街手前で左に曲がり、狭い道を降りて行くと黒谷橋がある。このあたりは何度か歩いたことがあるが、鶴仙渓の外れであり、余り人通りもないさみしいところだと思っていたが、黒谷峠から下りてきた道がこの橋を通って山中温泉に入っていたと解ると、なかなか風情があり、歴史のある風景に見えてきた。

>>今回歩いたルート地図



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四十九院トンネルと旧道入口
黒谷橋を渡り、狭い道を上がって行くと、白鷺大橋のたもとに出る。四十九院トンネルに至る広い道に出る前で右折し、四十九院隧道(旧トンネル)に至る旧道を山の中に上って行く。

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旧道は雪道
旧道に入ると除雪されておらず、すぐに雪道となった。少し進んでみたがすぐに車体の底をすり、前に進めなくなったので、途中の路肩に車を停めて歩きだす。そこからもしばらく轍があったがその跡もすぐに消えていた。

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黒谷峠に至る巡視路入口
四十九院隧道の手前まで来ると、旧道ののり面に黒谷峠に登って行く巡視路入口があった。そこには237号と書かれた赤い巡視路の標識もあった。巡視路はすぐに左に折れ、つづら折りに尾根筋を登って行くようになっていたが、まっすぐ行った谷筋にも道跡があったから、旧い峠道はそこを上がって行っていたのかもしれない。ただし、隧道の真上の谷筋にも道跡のようなものがあるからどれが昔の峠道だったのかは解らない。しかし、どれも急だから昨年12月23日に歩いた幅の広い峠道が後年になって開発されたのだろう。

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黒谷峠
巡視路入口から10分くらいで黒谷峠に着いた。この峠は稜線がかなり広い範囲に削られており、予想以上に規模の大きい峠に思えたが、この窪みはこの近くにある山中城・黒谷城を守るための堀切であったとの説があり、堀切があったところに後年になって峠道を付けたという可能性も否定できない。ここから右(南東)に続く尾根筋に山中城があったということなので、尾根に取り付いてみたが薮がひどいので、反対側の尾根筋に出来た巡視路を歩くことにした。

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237号鉄塔
巡視路を少し歩くと、237号鉄塔下の広い切り開きに出る。

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巡視路分岐のピーク
そこから登りになり、少し歩くと、小さなピークに出る。ここを右に進んで行くのが巡視路だが、左に入った尾根筋に黒谷城址があるそうなので、そちらの尾根に進んでみることにした。

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黒谷城址に至る尾根筋
黒谷城址に至る尾根筋に入ると、正規の登山道ではないのだろうが薮が刈った跡があり、歩きやすい。真新しい切株もあったから、史跡としていくらか整備・保存されているようだ。

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堀切or峠跡?

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堀切跡or峠跡?
尾根筋を歩いて行くと、すぐに尾根が落ち窪んでいるところが現れた。反射的に峠だ!!と思ったが、考えてみたら黒谷城の堀切跡なのかもしれない。峠の両側に顕著な道の跡は発見できなかった。ただし、ここから谷筋を降りて行くと、四十九院隧道の山中温泉口に降りて行くのだが、後でその場所を確認したら、道跡のようなものがあったから、昔は峠道として使われていたか、または黒谷城に登ってくる道として使われていたのかもしれない。なお、この記事の一番最後にその道跡の写真が載せてあります。

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土橋跡?
しばらく平坦な尾根を進んで行くと、一旦下り坂となりかなり深い山の鞍部に降りる。その先に黒谷城があったと思われる234mのピークがそびえるように立っている。ピークに登って行く手前にある鞍部の尾根筋はかなり狭く、両側が切れ落ちており、土橋といってもいい形状をしていた。

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不思議な大石
鞍部から黒谷城址に登って行く途中に不思議な大石があった。ラグビーボールに似た形をした、高さ2m、横幅5mほどのかなり大きい石だ。不思議なのはこの石が周りの地質と違っているようだし、下の地面にくっついていないようなのだ。どこからか飛んで来たとしか思えない。火山爆発で吹き飛ばされてきたのだろうか? それとも城跡と何か関係あるのだろうか? 少し小振りだがこれと同じような石が近くにもう一つあった。その石からひと登りで、黒谷城があったピークに着いた。

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黒谷城址があるピーク
黒谷城があったピーク(234m)はかなり平坦だから、人工的にならされたことがよく解った。20m四方くらいあるだろうか。一段下がったところにも人工的にならされたような平坦地があった。また、周囲はすべて崖のような急斜面になっているから、これも防御のために人工的にこうしたのだろう。西の尾根に昔の城跡の遺構がよく残っているそうだが、ついつい歩きやすそうな北の尾根に引きづり込まれてしまった。

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加賀平野から日本海を望む(写真ではよく解らない)

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山中温泉街を望む  
城跡のピークから肉眼では加賀平野から日本海まできれいに眺められたが、写真にはうまく写っていない。山中温泉街は手に取るようによく解った。

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黒谷城直下の堀切跡

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黒谷城直下の堀切跡
ピークから北尾根を少し降りたところにも小さな堀切跡があった。

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北尾根2番目の堀切跡

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北尾根2番目の堀切跡
そこから少し行ったところの鞍部にはかなり大きな堀切跡があった。 そこからも峠のような、堀切のような窪みがいくつかあった。黒谷城址から尾根筋をたどり、小さなピークをいくつか越えるとTV局の中継アンテナが見えてきた。

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TV中継局

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ステップが設けられた急坂
今歩いてきた方向に道はなく、TV中継局のところで尾根道は終わりになっていた。その代わりに尾根の左側を直線的に降りて行く、黒いステップが設けられた道があった。そこを降りて行けば猫岩の上あたりに出るようだが そこを降りて行くと、登り返すのが大変そうなので、来た道を戻ることにした。

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黒谷城址全景
帰り道の途中の尾根筋から黒谷主郭の全景が見えたので、写真に撮った。主郭だけでも相当なものだが、鶴仙渓の芭蕉庵のところから山に入ったところにある東山神社からぐるっとひと廻りするように城郭が並んでいたというのだから、相当規模が大きい。東山神社から順に、口之城、中之城、奥之城があり、それぞれに郭があったそうだ。そこから黒谷峠に至り、今日歩いた尾根筋を通り、黒谷城とつながっていたということだから恐れ入る。ここに立てこもったのは一向一揆勢で、最後は柴田勝家勢に敗れ、落城したものの、激戦で、双方に甚大な被害をもたらしたというから、堅固な城だったようだ。

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四十九院隧道山中温泉口に出てくる道跡
上記の写真が237号鉄塔から一番近いところにあった堀切から降りてきている道の跡だ。写真ではよく解らないかもしれないがピンクのテープもあり、何らかの道が存在していたことは間違いなさそうだ。それが峠道だったのか、黒谷城に登って行く道だったのかは解らない。

今日は運動不足解消のために、気楽に尾根歩きを楽しもうと思ったが、尾根のそこかしこに掘れた跡があったので、気になってお気軽な山歩きとはいかなくなった。尾根筋にあった掘れた跡が峠だとすれば通行量に比べて不釣り合いに大きすぎるから、堀切跡なのだと思うが、黒谷峠には明らかに立派な峠道が通っているから、元々堀切だったところに峠道を付けたのは明らかだ。だから、他の堀切も峠として使われていたところがあるかもしれない。

冬の間もコンスタントに山歩きを続けていたほうが体調がいいようだ。今年の冬はなるべく天気の良い日には暇を見つけて山に出かけることにしよう。

>>今回歩いたルート地図


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.09 2013 里山歩き comment0 trackback0

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福井県内を中心とした山・峠・古道歩きをやっています。姉妹サイトU字倶楽部の速報版的サイトです。また、同サイトで扱わなかったちょっとした山歩き、ピークハントに失敗した山行き記録などを載せて行くつもりです。

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