岩屋越

岩屋越(2015.6.18)

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深く掘れた峠道
前回(5月10日)行けなかった岩屋越(真砂坂)に再挑戦することにした。岩屋越は福井県勝山市岩屋と石川県加賀市真砂(まなご)を結んでいた峠。両集落とも山深いところにあり、今は廃村となっている。真砂は今でこそ、山中温泉側からダム湖岸道路を使って行けるが、昔は道がなかったようで、山ひとつ越えた岩屋との交流が深く、この峠を越えて、物資や人が移動した。この峠にはひと昔前には登山道があり、比較的簡単にいけたが、今は廃道となっており、近くの横谷山から薮漕ぎしなければ到達できない。前回この峠に挑戦したときは林道が雪で登山口まで入れなかった上に、登山口に大きな雪渓が残っていて、見つけるのに時間が掛かったため、途中のみつまた山までしか行けなかった。今回はそのリベンジだ。

>>今回歩いたルート
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河内南谷林道県境地点
前回同様、真砂集落から河内南谷林道に入り、どんどん登っていく。途中何箇所か落石があったが、難なく通過。福井・石川の県境地点まで入り込むことが出来た。ここには駐車スペースがあり、何台か停められる。

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みつまた山登山口
目的地の横谷山へは三角点三ツ尾とみつまた山を経由して行くことになる。登山口は県境から林道を100mほど戻ったところの斜面にあった。前回は雪で登山口が解らなかったが、しっかり標識があり、赤いリボンが無数にぶら下がっているのですぐに解った。

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三角点三ツ尾(三ツ尾山)
三角点三ツ尾には30分ほどで着いた。今回は横谷山までなるべく早く着きたかったので、殆ど写真も撮らなかったので、みつまた山までの登山道の様子は前回の山行き記録をご覧ください。

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みつまた山山頂
前回到達したみつまた山へは1時間ほど。ここまでの行程は前回の山行き記録に載せてあるので省略します。

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みつまた山から横谷山を望む

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みつまた山から横谷山に至る登山道の様子
みつまた山から横谷山に至る登山道は密な潅木の中を通るので、少し鬱陶しいが、道は良く踏まれており、笹の切り株が残っていたここまでの登山道より、ずっと歩きやすい。途中道が二股になったところがあったが、すぐに登山道は合流するので、どちらを通っても良い。

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横谷山山頂
横谷山山頂には1時間半ほどで着いた。ここまで、多少のアップダウンはあるが、ほとんどストレスなく登ってこれたので、時間も体力もたっぷり残っている。夕方から雨の予報が出ていたが、ここを3時過ぎに出れば5時前には登山口まで降りられるだろうから、3時を目安に岩屋越を探索することにした。ちょうど12時だったので、食事をしていたら、先ほど登山口でお会いした金沢ナンバーの人が登ってこられた。この方はすでに100名山全山登頂を果たし、今は石川県内の標高1000m以上の山すべてに登頂することに挑戦されておられるそうだ。山談義もそこそこに岩屋越目指して歩を進める。


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横谷山山頂から登山道が!!
数年前に一度ここに来たときにはここから先は潅木が密生し、足を踏み入れるスペースもないほどだったが、今回来て見たら、山頂から先にも切り開きが出来ていた。


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左側の登山道を進む
横谷山の山頂には大岩があり、そこから先は崖のようになっているが、その岩の両側に切り開きが出来ていた。左側の切り開きが歩きやすそうなので、そちらの道を選んだ。

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亀師岩
切り開きを進んで行くと、すぐに急な下り坂となり、大岩の下に出た。横谷山は石川県側では亀師岩と呼ばれているそうで、この大岩がその亀師岩のようだ。切り開きは大岩の下までで、そこからは薮漕ぎとなった。

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県境指標
亀師岩の下からは比較的平らな尾根筋が待っていた。最初忠実に尾根筋を辿ったら、県境指標が見つかった。ここまでの登山道途中にあった指標と同じものだ。

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密な薮
しかし、この県境尾根は進むとともに密な薮となってきたので、尾根の少し北側をトラバース気味に進んでいった。

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薮の様子
県境尾根は一本道だから、迷うことはないだろうと歩きやすいところを選んで進んでいく。

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前に道のようなものが
そうしたら、前に道のようなものが現れた。

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掘れた道
そこを進んで行くと、道跡は更にはっきりしてきて、深く掘れた道となった。これが県境尾根にあった登山道跡だと思い込み、引き込まれるようにその道を進んでいった。

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掘れた道の脇に人工的な穴が
更に進んで行くと、道の両側に人工的に掘られたと思われる穴があった。

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お地蔵さんでもあったような穴
お地蔵さんでもあるんじゃないかと、中を覗き込んでみたが、お地蔵さんはなかった。道の両側にあったから、お地蔵さんを祀ってあった穴ではないのかもしれない。

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ここが峠か
そんな穴まであったので、この道が峠道で、先ほど尾根から降りてきた地点が峠に違いないと、もう一度峠に戻り、写真を撮った。しかし、これが岩屋越であると言う確信が持てない。それで、その峠道を少し降りてみることにした。

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歩きやすい道跡が続く
少し行くと、掘れた道ではなくなったが、道跡はしっかり残っているし、薮が薄いので歩きやすい。ちょっと手を加えればすぐに立派な登山道として使えそうだ。

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尾根筋に続く道跡
道はどんどん下っていく。県境尾根を歩いていると思っていた私はこれはおかしいと気が付いた。県境尾根であれば途中から登りになるはずだ。だいぶ下に降りてからそれに気が付いた。地図とザックは横谷山山頂に置いてきたので、どこを歩いているのか確認することは出来ない。元の地点に戻るしかない。

横谷山から峠を望む
県境尾根を探しながら横谷山の近くまで戻ってきたが、それらしい尾根が見つからない。仕方がないので、一度横谷山に戻って、地図で確認するしかない。山頂から尾根を眺めると、今歩いてきたのは横谷山の少し先から真砂のほうに降りていく尾根道だったようだ。岩屋と真砂を結ぶ峠道は何度も付け替えられたようで、今歩いてきたのは比較的新しい峠道だったようだ。昭和40年代の地形図には横谷山の少し先から北に延びる尾根筋に破線の道が記されている。それがそうに違いない。それでもう一度岩屋越を目指すことにした。

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古い登山道の前に岩が現れる
先ほどは県境尾根の北側をトラバースし、別の尾根に降りてしまったので、今度は県境尾根を見失わないように注意しながら進んだが、尾根筋は潅木が密生しており、なかなか前に進めない。特に南側斜面は雪国特有の寝た木が多く、歩きにくいことこの上ない。しかし、我慢して進んで行くと、古い登山道だと思われる踏み跡が見つかった。そこを進んで行くと、山の鞍部が現れ、そこからは登りになっていたので、この道が県境尾根に違いないと確信するに至った。岩屋越があればこの鞍部であるはずなので、その辺を散策してみたが、峠と思われる場所も、両側に降りていたと思われる峠道も、その痕跡を発見することは出来なかった。この場所に峠があった可能性が高いのだが、それが見つからなければ更に県境尾根を進んで、この尾根の最低地点の鞍部まで行くつもりだったが、時間がなくなった。ここから先の尾根筋は少し登りになっており、薮も密なので、これ以上進んで行くと、帰りが遅くなりそうなので、ここで引き返すことにした。その小さな鞍部に峠があった可能性が高かったが、真砂側に降りていく峠道は尾根筋を通っていたようなので、この鞍部の先にあった小さなピークに峠があった可能性も捨てきれないので、宿題が残ってしまった。上記写真は見づらいが正面に3、4mほどの岩が写っている。帰り道に旧登山道と思われる踏み跡を忠実に辿っていたら、この大岩にぶつかった。もう亀師岩についたのかと思ったら、違った岩だった。亀師岩より一回り小さい。登山道はその岩の横をすり抜け進んでいたが、一向に尾根に到達する気配がない。その道を進んでもどこに行くのか解らないので、その道をはずれ、県境尾根に戻ることにした。後で地図を確認したところ、古い尾根道は横谷山の頂上を通らず、県境尾根の一段下の南斜面をトラバース気味に進んでいるようになっていた。

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崖の上に尾根道があった
横谷山に戻ると、黒い雨雲が出ていた。雨に降られるといやなので早速下山に掛かる。途中ぽつぽつ雨粒が落ちてきたが、大降りにはならず、濡れることなく、登山口に戻ってきた。上記写真は河内南谷林道の県境付近。林道工事で削られたが、この上に尾根道があった。

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林道完成記念碑の辺りを尾根道が通っていた
その尾根道は林道完成記念碑の辺りから、菅倉山、火燈山、大内峠のほうに延びていた。その尾根道は大聖寺藩政時代には国境警備の巡視路「郡奉行奥山廻り」として使われた道だ。



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.18 2015 峠歩き comment2 trackback0

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加賀低山徘徊部
古い登山道の前に岩が現れたとあるのはおそらく「姥岩」だと思われます。
私らの山岳会で毎年恒例になっていた(真砂の河内南谷林道の唐洞橋の先にある尾根から取りつき横谷山(亀師岩)~三ッ尾~河内南谷林道~真砂)
登りついた尾根の先に姥岩がありすぐに亀師岩だったと思います。
地図にピンクの印をされた先が「唐洞橋」で×をされた先の866Pのつながりが登りに使う尾根です。大聖寺藩の大奥峰廻りの事などよく知っておられるのには驚きます。加賀の山ヤ(それも一部)しか知らないのかと思ってました。
2015.06.21 22:42
ジーアイシュー
加賀低山徘徊部さん、こんにちは

恥ずかしながら、私の知識は、殆どが図書館と、最近はネット情報です。
特に一時代前の国土地理院地図は面白いですね。みつまた山周辺の地図を見ると、年代によって、破線の道が頻繁に変わっています。P866の尾根道にも破線が描かれていたときがあります。この道も岩屋と真砂をつなぐ峠道として使ったと思われますが、この道は河内南谷林道までしか描かれていませんから、一番新しい峠道だと思われます。三角点三ツ尾からP860を通り北に延びる尾根にも破線が描かれていたときがあります。この道は真砂集落まで描かれており、三ツ尾からはみつまた山に至り、現在登山道として使っている道を通って岩屋に降りたものと思われます。三ツ尾からみつまた山に至る登山道にはところどころに掘れた道の跡がありましたから、かなり頻繁に使われていたように思われます。

私が今回目指した岩屋越は一番古い峠だと思われます。だから、峠や峠道の痕跡がどれだけ残っているのか解りません。加賀低山徘徊部さんも行かれた、福井県の池田町東俣と南越前町杣木俣を結んだ大坂峠も時代によって付け替えられたようですが、一番古い大坂峠には峠や峠道の痕跡が全くありませんでした。ですから、岩屋越の峠や峠道もどれだけ残っているのかはっきりしません。しかし、それを確認するため、気が向いたら再度行ってみようかと思います。

また、いろいろ情報いただけたら、うれしいです。

2015.06.22 12:54

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