殿上山、折立峠、赤谷峠(特定できず)

2015.10.27

赤谷峠は美山(現福井市美山地区)の人々が山を越えて福井平野に出るルートのひとつだった。大野から丁(ようろ)坂を越え、味見を通って、この峠を越えるルートがあり、大野から福井平野に出る最短ルートだった。このすぐ南には折立峠があり、そちらのほうが通行量が多く、赤谷峠のほうが早く使われなくなってしまったようだ。赤谷は麓にある赤谷集落から来ているが、赤谷は平家の落人伝説がある集落で、殿上山はその一族が見張り所として、また他の一族と連絡を取るために、狼煙を上げたところだとも言われている。

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殿上山山頂
この日の一番の目的地は赤谷峠だったが、目星をつけていた場所には切通しの峠は存在せず、もうひとつの推定地に向かった。その推定地は殿上山登山道から枝分かれした尾根上にあると思われたが、薮がひどいので、後で行くことにして、先に殿上山に登ることに。しかし、その殿上山も今は薮山で、途中から登山道がはっきりせず、コンパスと地図がなければ遭難してしまっていたのではないかと思えるほど大変な登山となった。それで、赤谷峠は諦めざるを得ず、そのまま下山することになってしまった。

>>今回歩いたルート


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尾花キャンプ場入口
峠近くを通る林道(上河内尾花線)に向かう。尾花キャンプ場が目印だ。キャンプ場の看板があちこちに出ており、迷うことはなかった。

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林道入口の柵
林道入口には柵があったが開いており、そのまま通過(帰りには締まっていたが、鍵は掛かっていなかった)。林道は尾花キャンプ場まで舗装されており、快適。

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林道から見た河和田及び日野山
キャンプ場から先は未舗装だったが、道の状態はよく、赤谷峠推定地点近くまで、車で進入することにした。林道からは見晴らしがよく、日野山を筆頭に重畳と続く山々を眺めることが出来た。下に見えるのは鯖江市河和田地区。

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ここから峠に取り付く
峠推定地点にやってきた。林道脇から尾根に取り付けるところに、ピンクのテープがあったので、そこから峠にアプローチすることに。

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目的地の標高500mの鞍部(赤谷峠推定地)
尾根筋に踏み跡があり、比較的歩きやすい。先ずは521mのピークに登り、そこから北に向かい、赤谷峠があると思われる山の鞍部に到着した。鞍部は周囲よりかなり低くなっており、またかなり広い。ここに峠があってもおかしくないと思ったが、切通しの道は見当たらなかった。この尾根筋を歩いた人のリポートによると、尾根を跨いで切通しの道があったという事だから、この地点とは違うようだ。

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鞍部の様子
鞍部はそれらしい雰囲気があるのだが、全く掘れた道は見当たらない。赤峠はそれほど通行量のあった峠ではなかったようだが、折立峠と並んで古くから使われていた峠道だった。それなりの人通りはあったと思われるので、その痕跡は残っていると思われた。それで、この地点が赤谷峠だとは断定できなかった。次の推定地点には向かうことにしたが、この林道の先にある折立峠に廻ってからにすることにした。

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的岩
林道を折立峠のほうに向かうとすぐに的岩と書かれた案内板があった。案内板の上に大岩があるのだが、この写真ではよく解らない。

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山伏岩
更に林道を少し進んで行くと、山伏岩と書かれた案内板があった。ここにも大岩があり、薄墨桜と書かれた案内板もあった。林道を少し降りたところにその桜があるようだ。

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継体天皇の石仏
大岩の下には二体の石仏があった。一体は継体天皇で、もう一体には茨田姫(まんだひめ)と書かれてあった。茨田姫は継体天皇の皇女で、尾花に居住していたそうだ。碑は新しいもので、平成19年とあったから、継体天皇即位1500年記念祭のときに祀られたと思われる。

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薄墨桜の案内板
荒谷林道との分岐にも「上河内の薄墨桜」の案内板があった。ここまで、林道が良く整備されていたが、この桜があるためだったようだ。ここから折立峠に向かう林道は昔のままで荒れが目立った。

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折立峠
林道が荒れており、折立峠はかなり遠くに感じた。水溜りがいくつもあり、車体の汚れを気にしながら進んでいった。20分ほどで折立峠に着く。この峠は林道ができた所為で、全く原形をとどめていない。ここには随分前に一度来たことがあり、峠の石仏があったはずなのだが見当たらない。場所を間違えたのかと思い、その辺りを歩き回ってみたがここに間違いないので、もう一度探してみたら、道端の草むらにその石仏を発見した。

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折立峠の石仏
以前来たときは小さな木の祠に入っていたが、朽ちてしまったのかむき出しに置かれていた。石仏は風化が進み、頭の部分が割れていた。光背の部分にいくつもの手が描かれていたから、千手観音だろうか。昔の峠の雰囲気は全くなく、この石仏がなかったら、峠とは思えない場所だ。両側の斜面を見ても、峠道の痕跡は全く見当たらない。

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尾花キャンプ場の広場
林道を戻り、殿上山登山口に向かう。登山口は尾花キャンプ場のすぐ近くだ。キャンプファイヤー広場と書かれた広い空地に車を停めさせて貰って歩くことに。

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殿上山登山口
上記写真が登山口、車を置いた広場から目と鼻の先だ。

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階段になった登山道
殿上山には麓の河和田小学校の生徒が二年に一度登っていると言うことなので、整備された登山道が続いていると期待していたが、草が多く快適な登山道とはいえない。小学校の登山大会は春なので、草は伸び放題になってしまうようだ。登山道自体は急斜面に小まめに階段が造られており、歩きやすい。

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木の墓場(木が白く立枯れしている)
登山道の途中に、白く立枯れした木が目立つところがあった。真っ白なので全く木の墓場といった雰囲気だ。はっきりした木の種類は解らないが広葉樹のようだ。

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迷いやすい660mのピーク
660mのピークまでは草が多いとはいえ、しっかりした登山道があったがそこから先は薄い踏み跡だけとなった。登山口にあった黄色い案内板には天空まで30分となっていたから、天空とはこのピークのことを言うようだ。このピークからはっきりした踏み跡があったので、そこを進んでいったがどうも方向が違うようだ。地図を確認したら、そのピークからは左の広い尾根を進まなければらなかったのだ。その尾根は草がひどく、踏み跡がないので、ついつい別の尾根に引き込まれてしまう。帰り道にもここで迷い、違ったほうに行ってしまった。随分進んだ先でようやく気がついたが、自分がどこを歩いているのか解らない。このピークまで戻ってきたのだが、自分がどの方向から来たのかも解らなくなってしまった。それで、その辺りを二度、三度歩き廻ったがそれでも解らない。しかし、もう一度このピークに戻ったところで、上記写真のピンクのテープを見つけ、ようやくここが登山道だと解った次第である。この山は植林された杉林が多く、どこを歩いていても特徴がないので、迷いやすい。

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山頂手前の深い笹薮
途中、山頂ではないかと思われるピークがあったが、頂上の標識はなく、偽ピークだった。登りでは少し迷ったものの、杉林の中が多いので薮は薄く、ストレスなく進んでいたが、突然すごい笹薮が現れた。この尾根だけ周りに高い木がないので、日が当たり、笹や雑草が伸び放題に伸びていた。余りにもすごい笹薮なので、迂回しようと思ったが、下はやせ尾根。狭いところでは50cmほどしかなく、両側は切れ落ちていた。下に降りてトラバースしてもかなり時間が掛かることは明らか。距離的には100mほどなので、薮に突入する覚悟を決めた。

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笹のトンネルをくぐる
途中まで笹を掻き分け進んでいたが、潅木が生えているところがあり、枝が邪魔で掻き分け進むことが出来ない。仕方なく、そこをくぐりぬけ、何とか、その笹薮を通過することが出来た。両側が垂直になっていたので、人工的に削られた可能性もある。そうなると、城砦の防御のための土橋のようにも思えるが、ここに城があったと言う記録はなかった。

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笹薮から見えた福井平野
この山は杉林が多いので展望はなかったが、この笹薮のところだけは高い木がなく、笹薮の中から福井平野がよく見えた。

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殿上山山頂の様子
笹薮を通過すると、ひと登りで山頂に着いた。山頂はそれなりの広さの切り開きがあり、山頂っぽかったが、ここも杉林の中で展望は利かなかった。

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殿上山の標識
こんな薮山だが、結構登ってくる人は居るようで、標識やピンクのテープがいくつかあった。

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味のある標識
上記のような味のある標識もあった。一乗山や白椿山、砥山にも同じような標識があったから、日本山岳会福井支部の方々が設置した標識だと思われる。先ほど書いたように、帰り道にP660mで迷ってしまい、かなり時間を消費してしまったので、赤谷峠探しは諦めざるを得なくなった。しかし、赤谷峠に下っていく尾根筋はそれほど薮がひどくないようなので、気が向いたらそこからまた挑戦したいと思っている。



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.27 2015 山歩き comment5 trackback0

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藪漕ぎ山男
禅師王子山の事ですが516.8mがそうなのか585.4mが正解なのか判明したのでしょうか?レポートを見ても二種類あって分かりません。教えて下さい。
2015.10.31 18:02
ジーアイシュー
禅師王子山ですが、P585.4mを禅師王子山とする説を採る大野親岳会(同ピークに標識も立てたようです)にお聞きしたのですが回答はありませんでした。勝山市のウェブ資料(同市の広報に載った記事だと思います)にはP516.8mを禅師王子山としています。市の資料なので信憑性があるし、他にも勝山在住でこの山の地元と思われる方のブログでもP516.8mを禅師王子山としていますので、そちらの説が有力だと思われますが、いまだに断定しかねています。

結局、永平寺開祖の道元禅師が修行した行場がこの尾根(道元関連の古い資料ではその場所を禅師峰としていますので、禅師王子山もそこから来ているのだと思います)のどこかにあるのですが、その場所が特定できていないのがそのネックになっていると思います。2,3ヶ所当たってみますが、結論が出るかどうか・・・しばらくお待ちください。

2015.10.31 18:55
-
こんにちは、始めてメ-ルします。takaといいます。数年前から拝見させていただいております。とても興味をもって読んでおります。赤谷峠のことで書かれていますが、私はすぐ下に住んでいるものですが、探している位置がずれています
P515.8Mの北200Mです林道の道です。小さいですが一本杉があり車を止めても
通れるだけの広さがあります。林道工事で石積みの祠は杉の根元に変わっています。中身はありませんがね。2年ほど前にかまぼこ板に「赤谷峠」と書いて下げてありますが、小さくて見落とすでしょうね。小さい時から赤谷坂あかだんざか
と行ってましたけどね。河和田は回り坂だらけですけどね。多分当家の前も何度となく通過していると思います。ここに書いてもよかったかな 間違っていたら
ごめんなさいね。座標は35.57.18.62/136.09.22.41です
2016.01.12 19:44
ジーアイシュー
takaさんへ
貴重な情報ありがとうございます。
ほかのHPで、赤谷峠は521mの北の鞍部との情報があり、その地点に行ってみましたが、掘れた峠道の痕跡はなく、ここではないと判断。他の地点を探そうと思っていましたが、その地点も間違いだったようですね。『P515.8Mの北200Mです林道の道です』と言うことですが、峠の位置は35.57.18.62/136.19.22.41あたりでしょうか? ここでいう林道とは林道上河内尾花線のことでしょうか? もしそれが正しいとなると、林道工事により、元の峠は削られてしまっているということでしょうか? また、元の峠道は残っているのでしょうか? もしよろしければ情報を頂けるとありがたいです。
なお、赤谷峠行の詳しい情報はU字倶楽部(http://giwonderworld.web.fc2.com/2015/denjousan.htm)のほうにもありますので、よろしければご覧頂ければと思います。
2016.01.16 14:52
taka
ジ-アイシュ-さん こんばんは
お尋ねの件ですが、林道は上河内尾花線です。林道工事で1m位は低いかな。
座標は前のメ-ルの場所です。上河内からは、三場坂清水から上がりますが、
現在は道は消えているでしょうね。私が持っている昭和40年の国土地理院
50000/1には破線が載っています。赤谷側もジ-アイさんが間違った東の谷に
下ります。峠からは結構切れ落ちています。私も歩いてはいません。
還暦さんのHPも同じところを 探していますね。
お二方のHPを峠さがしの参考に、拝見しております。
メ-ル jr9fme@jarl.comでもどうぞ
2016.01.16 19:23

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福井県内を中心とした山・峠・古道歩きをやっています。姉妹サイトU字倶楽部の速報版的サイトです。また、同サイトで扱わなかったちょっとした山歩き、ピークハントに失敗した山行き記録などを載せて行くつもりです。

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